横浜についてひたすらまとめるブログ

Webライター・カナリヤ響子が横浜について、役立つ情報をひたすらまとめるブログ。横浜な日常も書きます。

外交官の家まで駅から徒歩5分?横浜の石川町駅近くの大丸谷坂についてまとめてみた

JR根岸線石川町駅の外交官の家方面の出口を出ると、左手に石川町の郵便局があります。


石川町駅前郵便局の前に通っている道を山手方面に上がっていくと、外交官の家にたどり着きます。


石川町駅前郵便局の前の道は、大丸谷坂という坂道です。


今はおしゃれな建物やレトロなアパート、カフェがある静かな通り。


でも昔は、チャブ屋と言われるダンスホールや飲食店がある賑やかな通りだったそうです。


さて、たまたま通ってみた横浜の大丸谷坂ですが、歴史などが気になったので、ちょっと調べてみました。

横浜の大丸谷坂とは?

横浜の大丸谷坂は、JR根岸線石川町駅南口から外交官の家へと続く190m程度の坂です。


大丸谷坂という名前になったのは、昭和53年からです。


それまでは山手居留地に作られた26個の町の町名の一つでした。

明治17年(1884)に山手居留地に新設された26か町の町名の一つ
引用元:http://theyokohamastandard.jp/article-3977/


閑静な住宅街やお洒落なお店がちょこちょこある静かな坂で、途中に小さなお地蔵さんがあります。


お地蔵さんの名前は大丸谷震災地蔵尊です。


震災というのは関東大震災のことで、その際に大丸谷坂付近で亡くなられた、27名の方々を慰霊するために祀られたお地蔵様です。


坂の途中に大丸谷震災地蔵尊が祀られています。関東大震災の時に火災から逃れるために多くの人が大丸谷坂に集中したそうです。大丸谷坂で亡くなった27名を慰霊するために地蔵尊が祀られました。
引用元:http://4travel.jp/domestic/area/kanto/kanagawa/yokohama/yokohama/tips/13182889/#contents_inner


実際には、お地蔵様が二つ祀られていました。

赤い屋根と緑の屋根のところに一体ずつ、お地蔵さんが祀られています。



実際に、大丸谷坂を通った人の口コミでも、閑静な住宅地だという声が多かったです。

割と地元の人々向けのような坂で周りには閑静な住宅地がたくさん見かけることができました。
引用元:http://4travel.jp/domestic/area/kanto/kanagawa/yokohama/yokohama/hotplace/11332780-tips/


しかし、この辺りには昔、チャブ屋というダンスホールや飲食店などがあったそうです。

かつてこの界隈は大正から昭和初期にかけて「チャブ屋」が軒を連ねたことでも知られる。
引用元:http://theyokohamastandard.jp/article-3977/


大正から昭和初期なので、かなり昔のことですね。

本当にチャブ屋がある通りだったとしたら、今のような静かな坂ではなかったということになります。

横浜の大丸谷坂にチャブ屋があった?

画像出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4915966070/ref=cm_sw_r_cp_api_fFZpBb0TNKK2V


ところで、チャブ屋ってなにか知っていますか?


実は、私も知らなかったので調べてみました。


チャブ屋というのは、飲食店なのかダンスホールなのかわからない、曖昧な売春宿だったそうです。


全てのお店が売春宿ではなかったようです。


しかし、売春が行われていたことも事実だそうです。

「横浜独自の売春宿」といわれることもあるが、函館や神戸など他の港町にも存在していた。又、食事やダンス、社交など買春以外の目的で遊びに来る客もおり、必ずしも「売春宿」とは言い切れない。
引用元 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/チャブ屋


しかも、横浜独自の売春宿らしく、他では主に港町にも、チャブ屋があったそうです。


港町にチャブ屋があるのは、相手にするお客さんのほとんどが外国人だったからなのでしょうね。

1860年代から1930年代の日本において、日本在住の外国人や、外国船の船乗りを相手にした「あいまい宿」の俗称。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/チャブ屋


この時代は、開港の後に外国人がたくさん入ってきたので、横浜のこの辺りも、外国人相手の商売が多かったそうです。


今は単純に観光の外国人が多いですけど、、、当時は住んでいる外国人が多かったのですね。



チャブ屋という名前も英語から来ているそうです。



簡易飲食店という意味を持つ英語の「CHOPHOUSE」が、日本語っぽくなまって、「チャブ」になった可能性が高いと言われています。

『タウン誌浜っ子(1988.February)』によると“チャブ屋”とは英語のCHOPHOUSE(簡易飲食店)がなまり、“チャブ”になったという説が有力なようだ。
引用元:http://hamarepo.com/story.php?story_id=3279


色々調べてみると、本牧にチャブ屋が多かったようですが、石川町のこの辺にもあったのかもしれませんね。


ちなみに、本牧から石川町は、割と距離があります。


歩いて、だいたい30分から40分程度です。


チャブ屋関連では、他にもちょっと恐ろしいこんな事実があったようです。



ご参考程度に載せておきます。


http://honmoku.search-japan.com/kanagawanews/


こんなに静かでおしゃれな大丸谷坂に、昔、チャブ屋があったなんて、ちょっと想像できません。


昔賑やかだったからこそ、こんなに静かになったのかしら?


ちょっと、色々考えさせられてしまいます。


本牧の方には、昔のチャブ屋の建物が残っているという話もあります。


調べて、行ってみたいです。


横浜の大丸谷坂を使えば石川町駅から5分程度で外交官の家に着く


石川町駅から外交官の家やイタリア山庭園、ブラフ18番館に行く道は、結構たくさんあります。

その中で、一番近道だと思われるのが、大丸谷坂です。


でも、坂が結構きついです。


階段もあります。


階段に登る手前に、ブラフ18番館の門があるので、そこからイタリア山庭園や外交官の家に入ることはできます。


では、話をもどして、石川町駅から説明します。


JR根岸線石川町駅の元町口に出ます。


出口を出た風景がこんな感じで、出口を出て左手に石川町駅前郵便局があります。

石川町駅前郵便局の前まで行くと右手に坂道が伸びています。

これが大丸谷坂です。

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この坂をまっすぐ歩いていくと、飲食店がいくつかあります。


先日行ったエステサロンはまさにこの辺です。

これらのお店があるマンションの2階にありました。


そして、社交ダンスのお店もありました。

その日行ったエステサロンの建物の一階にありました。

エステのことは↓
http://www.kyokocanaryblog.com/entry/2018/07/05/エステの話や仕事の話、そして横浜の花火。


坂を進んでいくと、標識がちゃんとあります。


坂の下におしゃれなカフェもありました。


ここ絶対行ってみたいです。


そして、この小さな屋根のところにお地蔵さんがおられます。


こんなビルもありますよ。

坂道は、結構カーブしてます。


こんな素敵なマンションがあります。

文字がレトロで素敵ですね。


ブラフ18番館の門がこれですね。

外交官の家の門の横に出る階段がこれです。



夜は、真っ暗なのでちょっと怖いです。

階段が三つに分かれていて、三つの階段を上りきると、イタリア山庭園(外交官の家)の門が右手に出てきます。


元町ショッピングストリートや石川町駅の近くから、西洋館がある山手の方面に行く坂道がいくつかあります。


そのうちの一つが、今日紹介した大丸谷坂です。



他にも、まだまだ面白い坂があるので、また紹介しますね。



個人的に好きなのは、汐汲坂です。

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